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26-7-2009 幻想10「顔面」 凶悪な顔つきが凶悪な心の表出であったとすれば良心的だ。狼の皮をかぶった羊や羊の皮をかぶった狼ではないのだから、良心的だと思うのだ。一見して分かるから避けることができる。毒薬の瓶に毒薬というラベルが貼ってあるということなのだから、そのように取り扱えば問題はない。 凶悪な人間に限らず、さまざまな人格が正直に表情となって顔つきとして固定すればよい。四十になったら自分の顔に責任をもてというのは、本当の顔面についても言えることだ。責任を持って内面をさらしてほしい。話さなければ分からないとか、一緒に仕事をしたり暮らしたりしなければ分からないというのは、本来は非常に不経済なことだ。 この不経済なところを、避けられないこととしてとらえ、敢えて生き方の中に含めてあるから、自然なこととしてとらえていることができ、気持ちの上では楽な状態になっているというのが現状だろう。 こうした本来の不都合は、普通の哺乳類のように顔面に毛が生えていないことによって多少は緩和されている。顔色が変わるのを観察できるということだ。天然色(?)で世の中を見ることができる数少ない種族なのだから、これを観察しない手はない。 本当の色だけではなく、顔面に毛の生えている動物では分かりにくい微妙な表情の変化としての顔色も毛がないことによって詳しく観察することができる。これは随分と有利なことだ。 今後は優秀な接着型のカツラの技術をそのまま取り入れた顔面獣化が図られるかもしれない。これは美男美女というレッテルやその逆のレッテルを貼ることが人を不幸にしているという理由でだ。美女の生まれたら何倍も人生を楽しく送ることができるという。この不公平をなくし、平等にしていこうという政治団体が政権を取ればこういうことになるかもしれない。 凶悪な顔も微妙な表情も隠れてしまうから、純粋に行動で判断するしかない。髭を生やして男らしく見せるということができないから、純粋に行動で判断するしかない。特に現代の若い世代は見た目を重要な要素としているので、こうした世界になったら随分と苦労をするに違いない。化粧ができないのだ。 しかし、整形手術などいうことをしなくても、顔面の獣毛のつけ方によって簡単に並の顔つきになるのだからけっこうなことだ。また、ワンタッチで装着できるようにしておけば、これまで化粧にかけていた膨大な時間を割愛することができるので、その分だけ人生を時間的に充実させることができる。 ただ、獣毛のつけ方に格好をつける人々も出てくるだろうから、学校のきまりのようにこういう獣毛のつけ方は駄目ですとか、染めてはいけませんというようなおふれが出されるかもしれない。 生顔というような言葉が生まれたり、思春期前に顔面獣毛式を行って大人の仲間入りをするという儀式が成人式のように行われたりするかもしれない。思春期にありがちな顔に対する劣等感が消滅するのだから、その点ではすばらしいことだ。 しかし、いじめとして生顔を暴露するという事件が発生するだろう。そうこうしているうちに顔面植毛術が発達して流行するかもしれない。しみ、そばかす、しわなど全部隠れるのだからこれは朗報だろう。 ★ホームページに戻る Links naar je weblogDe URL voor de link naar dit weblogitem is: http://gt250.spaces.live.com/blog/cns!7C02D4D2C599DBDB!2429.trak Weblogs die naar dit item verwijzen
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