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2-3-2005 幻想1「感覚と現実」 人間の体を極端に省略していくと、一本の管になる。管だからものを入れたり、出したりする。これが詰まると死ぬ。スムースに出し入れしている間は、生き生きしている。それが管の本性だからだ。そして、我々は管であることから逃れることはできない。 そう考えているうちに、出会う人出会う人、すべてただの管に見えてしまった。ただの管が、いろいろな幻をまとって目の前に現れているのだという感覚はとても妙なものだ。これはまずい。見たままを素直に感じ取るようにしよう。 しかし、今度は本性ではなく、個性に目を奪われるおそれがある。特に、見た目に左右されるようになるだろう。それはそれで少し問題がある。 問題があるといえば、中学生のころ、「人を見るとその骨格をどうしてもイメージしてしまい、目に見えている骨に付着した肉を無視してしまうという感覚」におそわれたことがある。 最近は、何か一つの感覚に固執して、それを常識とすることに抵抗感を抱くようになってきた。精神の安定を願うあまり、その停滞を招くことをいとわないという感覚に嫌悪するのだ。つまり、いろいろの感覚を持ち合わせて、総合的に物事を見つめた方が、より健康的ではないかと思うのだ。 新しい常識の創造をしていかないと、停滞する。停滞すること自体がいけないことなのではなく、停滞することによって、感覚と現実とを一致させる修正の機会が減っていくことが危ないということだ。 ★ホームページに戻る Links naar je weblogDe URL voor de link naar dit weblogitem is: http://gt250.spaces.live.com/blog/cns!7C02D4D2C599DBDB!343.trak Weblogs die naar dit item verwijzen
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